校長講話 抄録 : 2013 / 12 / 2 (月)

おはようございます。
昨日から12月。今年も残すところあと1ヶ月になりましたが、みなさんはお元気ですか。
12月に入ると、日本のあちらこちらで特に都会ではライトアップやイルミネーションが飾られ、光が溢れてくるようになります。先週も私は出張で京都に出かけたのですが、夕方、会議が終わっての帰り道、JR京都駅の大階段に飾られているジャンボクリスマスツリーのイルミネーションが目に入りました。
キリスト教の習慣では、12月25日に祝われるキリストの誕生を準備する期間、これをアドベント(待降節)といいますが、クリスマスツリーに点灯するのはこれが始まる日です。今年はちょうど昨日の日曜日から始まりました。アドベントには「到来」「出現」「接近」などの意味があります。
師走の風物詩といってもよいこれらのイルミネーションやライトアップが盛んになったのは18年前に始まった神戸のルミナリエではないかと思います。みなさんは何かで見たことはあるでしょうか?1995年の1月17日に起こった大地震で神戸の街は壊滅し、光を失ってしまいました。夜景で有名な神戸から光が消えた。そんな現実を神戸市民は目の当たりにしました。家を失い、家族を失った神戸の人々にとって街が廃墟と化し、光を失ったと同時に心の深い闇を体験したのです。
そのような人々にとって12月に開かれたルミナリエの光は、その闇に輝いて、そしてその光の輝きに打たれて涙しない者は誰もいないほどだったと言われていました。

クリスマスのミサの時に最初に朗読される『イザヤの予言』に”闇に住む民は大いなる光を見る”という一節があります。光は闇に輝く、闇を味わうことなしに、光の輝きのありがたさは分かりません。
今、周りを眺めるに、シリア、イラク、アフリカなど各地の難民、避難民、又今回のフィリピン中部を襲った大きな台風や地震で住む家を失った人々、今なお仮設住宅での生活が続いている人々。闇の中に住んでいる人々がたくさんおられます。このような人々に希望の光が輝くように、この12月は祈りましょう。祈りは元手もいらない。場所もとらない。時間もそれほどかかりません。実現すると確信を持って祈り続けましょう。

聖書の中にこんな箇所があります。

どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。
〔マタイによる福音書18章19節〕

私たちは一人で祈る時には自分勝手な願い事が多いかもしれません。しかし私たちが誰かと共に真剣に祈る時、自分のために何かを願い祈っているよりも、自分たちの祈りを必要としている人のため、神の恵みを必要とする他者の幸福を願って祈ることが多いと思います。クラスで、家で、友人と2人、3人で共に祈りましょう。

待降節の1日1日を大切にして手作りの学校クリスマスを準備していきましょう。

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