校長講話 抄録 : 2014 / 5 / 13 (火)

  おはようございます。

  生徒総会、創立記念日、ウォーカソンなどの行事が終わりました。創立記念日では、本物の神父様やシスターに会って、びっくりしたという感想がありました。1年生にとってはすべてが初めてということを再認識させられました。

  前回の朝礼では、祈りについてお話ししました。私たちは、自分が引き受けようとする「しなければならない」ことの実現に向けて、力をいただくために祈ります。祈りは、特定の宗教を信じている者に限らず、人は誰しも祈ります。手を合わせるという行為は、神に祈る時にふさわしい姿で、謙虚な心になれる心安らぐ姿勢です。という話をしました。

    祈りは願い、祈りは嘆き、祈りは感謝、祈りはイエスと出会うこと、祈りは聴くこと、祈りは委ねること。

 

  今日は「知る」という祈りを紹介したいと思います。自分はどういう人間なのだろうか?自分を知る祈りがあります。この友達は何に苦しんでいるのだろうかと友を知ろうとすることも祈りです。なぜなら友達の苦しみを知り、理解し、いくらかでも分かち合うことができればと願うようになるからです。

  日本や世界の各地で起こっている災害や、事件を知ることも祈りです。事柄の悲惨さを知ることによって“どうすればいいのだろうか”“自分に何ができるのだろうか”と考えることができるからです。

  そして神を知る祈りがあります。神の思いを知る、神が、私に何を望んでおられるかを知ろうとする祈りによって、私が存在する意味を見出すことができるからです。

  聖書の中で「知る」という言葉には特別な意味があります。知ろうとする対象と限りなくひとつになることを意味しているのです。

  今年の生徒会は、文化祭のテーマを『僕らの主張 私たちが見る社会』
  高校生という視点で、現在の日本や世界を見つめ、
  社会問題について考えて発表する。

  見る、聞く、読む、様々な視点から問題を見つめ考えよう。
  「知る」→「考える」→「伝える」

 

  私は5月2日には、今年も、各聖堂で祈りながらの36kmウォーカソンに参加しました。そして翌日3日から連休を利用して、宮城県角田市にお住まいで、陶芸をされている池田さん宅を訪問しました。池田さんとお会いするのは、一年振りです。全国には“反原発”や“脱原発”で活動されている方が、たくさんおられますが、池田さんは“脱被ばく”の視点で活動されています。私は個人的に、小さな子供さんがいる家庭に野菜を定期的に送っています。今回そのお母さんともお会いでき、様子を聞くことができました。又、池田さんの案内で、福島県南相馬市、浪江町などを訪問しましたが、一年前と何も変わっていませんでした。りっぱな家がたちならぶ町並みに誰一人、人がいない。車が走っていない状況は原発から20km圏内で、あぜんとするばかりでした。今回もう一カ所、第一原子力発電所から15km地点にある牧場を訪問しました。

  事故後、過半数が餓死したとされ、生き残った家畜は殺処分が実施されましたが、この牧場には第三の道を望む被ばく牛350頭を、吉沢さんという方が中心になって、命をかけて飼育し続けておられます。命をかける人間の目を見た感じです。

  また、今年の2月の発表によると、子供たちの甲状腺ガンが、確定は33人、疑い41人、合計74人とのこと。子どもの甲状腺ガンは通常では、100万人に1人か2人と言われていますから、すでに大変な数だと思います。被ばくが心配です。

  今回は、思いを共有する人が欲しいと思い、夫婦で行ってきました。もうすでに宗教の授業で話がされているクラスがあると思いますが、沖縄同様、東北のことについても、情報が薄れてきている中で、遠く離れた地にいる私たちですが、意識したいと思います。

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