校長講話 抄録 : 2015 / 12 / 14 (月)

  おはようございます。

  私たちが、自己中心的で自分のことしか見えないとするなら、人を支えることは絶対にできません。自分のことで精一杯なので、誰かの悩みや苦しみに気づけないからです。私たちは何よりもまず、そこにいる相手に目を向けてかかわること。自分の心の中の欲望に身をまかせるのではなく、そして自分たちの内輪もめに明け暮れるのではなく、むしろ相手に向かって開かれてゆくことが大事なのです。外に向かう姿勢は、聖書の中では平和というキーワードで確認されています。相手のことを気づかって、一緒に歩むことから平和が始まります。

 

”剣を取るものは、剣で滅びる” マタイ26-52

  相手を力でねじ伏せても、いつまでも強いままではいられず、さらに強い者によってねじ伏せられます。この繰り返しが、人間の歴史です。暴力は復讐の暴力を生んで、連鎖的に続いてしまいます。イエスは自分を暴力的に逮捕しに来た人たちにも抵抗しないで、非暴力を貫きます。イエスが教えてきたことは、人を大切にすること、愛することです。イエスは暴力の連鎖を断ち切って、ゆるすことを教え、愛の連鎖が続いていることを願っているのです。

 

  今年は学校クリスマスのInvitationカードに、イザヤ書2:4をのせました。

  「彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。」 鋤というのは、手と足の力で土地を掘り起こしたり、あるいは牛や馬に引かせて、土地を掘り起こす時に使う農具のことです。

  戦争、軍備、武器のために多くの軍事費が使われています。剣を鋤に槍を鎌に打ち直すということは、武装を解除し、武器を平和と幸福のための道具に転化するということです。これが人類の理想です。現実はこの理想から程遠いのですが、この理想に向かって歩んでいかなければなりません。武器を放棄するということは、心の武装解除も必要です。心の武装解除とは、わたしたちの間での信頼と友情を生み出し育てることです。わたしたち:異なる文化を生きる人々が互いに触れ合い、助け合い、理解しあうよう努めなければなりません。平和のために働くことは、日常の祈りと行為の積み重ねです。互いに痛みと苦しみをにない合い、喜びと希望を分かち合って歩んでいきましょう。

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