校長講話 抄録 : 2016 / 5 / 9 (月)

  おはようございます。

  みんなはどんな連休をすごしたのでしょうか?私は4月29日PTA総会、30日学校で会議、5月1日創立記念日、2日ウォーカソン、私も36km歩きました。3日は親戚の法事に出席、4日~7日まで、学校で英語の先生になっていました。このように予定していたスケジュールを全てこなすことができたのは、準備してくれる人、当日を支えてくれる人、協力してくれる人、応援してくれる人がいたから、連休という自分の時間を人のために使ってくれた多くの人のおかげで、私は自分のスケジュールをこなせたと感謝しています。5月1日創立記念日の司式をしてくださったコーナン神父様は82歳で、無理をお願いしたのですが、神父様は「素晴らしい学校だ。良い生徒たちだ。これからも暁星のために祈るからね。」と言って帰って行かれました。

  当日の最初の挨拶でも触れていましたが、3枚の写真、暁星の創立者ルラーブ神父が最初の校長先生で25年間続けられました。そしてその後、市内柳縄手に移るのを機に右側の写真、ブルトン司教にバトンを渡されました。ブルトン司教は、ルラーブ神父が神父になった1885年に生まれています。同じフランス生まれ。ルラーブ神父は南フランス。ブルトン司教は北フランス、小麦やブドウ畑が広がる田園地帯で生まれました。ルラーブ神父は8歳の時、父親を亡くしていますが、ブルトン司教も12歳の時、父を亡くしています。ブルトン司教はルラーブ神父と同じ修道会、パリ外国宣教会の神父になり、宣教の地は同じ日本でした。ルラーブ神父は神戸に着き、山陰地方が宣教地でしたが、ブルトン司教は横浜に着き、東北で宣教されました。また、日本人女性だけの修道会、聖母訪問会の指導に当たられました。また、保育所・幼稚園・病院・老人ホーム・学校の設立に当たられました。そのことから、ブルトン司教は教育・医療・福祉への関心が強く、才能があったと思われます。そのことを知っていて、ルラーブ神父はブルトン司教にバトンを渡されたのでしょう。

  ブルトン司教は暁星の運営を聖母訪問会のシスターに任されました。左側にあった写真、シスタージョゼフィン岡はじめがルラーブ神父のあと、2代目の校長先生で、36年務められました。左側の壁にかかっている自尊・自知・自制は本校の校訓ですが、フランス人のブルトン司教が考えられたものです(校訓というのは学校の教育方針などを簡潔に文章化し、生徒の指針とするもの)。「この3つのことばを額に書かせたらどうでしょう。そして3つのことばを土台にして、お話しができるでしょう」御参考までに、ブルトン司教がシスターに宛てた手紙に書かれています。ローマ字で書かれた手紙ですが、自尊・自知・自制は漢字で書かれています。女子校ですから、良妻賢母を意識させる校訓が多かった時代に、人間の存在の根本を見据えた目線を持つことが生徒の目標に掲げられていたのです

  ブルトン司教もすごい人物だと思います。ルラーブ神父は創立の原点。ブルトン司教は暁星教育の原点だと思います。

  聖書に神の似姿として私達一人一人をかけがえのない存在としておつくりになったとあります。一人しかいない私です。一人一人が大切な存在なのです。

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