第2次東北復興支援ボランティア報告 : 2016 / 9 / 25 (日)

第2次東北復興支援ボランティア報告  9月21日~25日
(今回は生徒5名、教員3名、保護者1名が参加しました。)

 21日の15:30に生徒の皆さんに見送られて学校を出発。14時間半かけて陸前高田に到着しました。

22日 最初に一次隊と同様、陸前高田の震災遺構として残されている気仙中学校と定住促進住宅跡の見学をしました。カリタス釜石に到着した後、向かったのは一次隊が縁日をした鵜住居地区。この日のミッションはこの地区にある追悼施設の除草作業。 この追悼施設は「釜石の悲劇」と呼ばれる鵜住居地区の防災センターでの犠牲者をはじめとする鵜住居の犠牲者約600人を追悼する場所として2013年に防災センターの隣に建設されましたが、今はお寺の近くに移設されてます。10月に開かれる岩手国体で多くの方が訪れるということを聞き、皆で頑張りました。


           Before      After

 この日は、秋の彼岸の中日で、朝から近くの墓地にお参りされる方が次々に側を通られ、「ありがとうございます」「ご苦労様」と声をかけて下さいました。中には飲物を差し入れて下さった方もあり、感激しました。

 23 朝の掃除の時間。玄関の窓ガラスの汚れが気になった2年生の女子から「窓拭きしたい」と思わず言葉が・・。すぐに古新聞をもらいに行って拭き始めるとほかの人もそれに続き、玄関近くの窓がピカピカになりました。スタッフの方の「京都暁星高校が来られるときれいになるのでうれしい。」との言葉に、これまでの人が一生懸命掃除してこられたことが分かりました。

ラジオ体操は(気仙語の)「おらほのラジオ体操!」
「ンデはメーガラ 上サ アゲテ オッキグ背伸びッコ スッベシ」
掛け声は「イツ ヌー サン スー ゴー ログ スズ ハズ・・」
思わず笑顔になる楽しいラジオ体操でした。

9月23・24日は3つのグループに分かれて活動しました。

「ふぃりあ」:ゆっくりと時間を過ごせる場所を提供する活動(カトリック釜石教会内)

23日 平日だったので子供の来訪はありませんでしたが、小雨が降る中を1時間かけて歩いてこられた方や、午前も午後も参加された方もあり、一緒に卓球やオセロ・将棋をしたり、おしゃべりしながら手芸を教えてもらったり楽しみながら参加しました。

24日 土曜日だったこともあり、多くの方が来られました。中学生の兄弟をはじめ、多くの方が卓球を楽しんだほか、将棋・オセロ・手芸をしながら、思い思いに話をし、ゆっくりした時間を一緒に過ごしました。

② 鵜住居の追悼施設の窓・内部の清掃作業

23日 前日に引き続き、午前中は追悼施設の清掃を行いました。窓拭きから蜘蛛の巣払いまで、心をこめて作業をしました。午後は、仮設の鵜住居小・中学校のグラウンドに設置されたクラブハウスの清掃を行いました。震災後、地域の集会所も流されてしまったため、地域の住民が集まる場所としても使われているそうです。清掃中もグラウンドでは小学生の体育の授業が行われていました。元気な子どもたちの声に希望を感じ、元気づけられました。

「お茶っこサロン」:今回は日向みなし仮設と平田第一仮設でのサロンに参加

 震災から5年経ち、あちこちに復興住宅が建つようになりましたが、今も仮設住宅や公営住宅の空室を利用した(みなし仮設)で生活されている方も多くいらっしゃいます。

23日は鵜住居の日向みなし仮設の集会室でのお茶っこサロンに行きました。生徒は緊張した面持ちでしたが、歴史のお話しや手芸を見せていただき、少しずつ表情が和らいできました。絶えず外まで笑い声が聞こえるぐらい温かい時間となりました。実は3年前も暁星チームは伺っており、嬉しい再会を果たすことができました。

24日は釜石で最も規模の大きな仮設住宅の、平田(へいた)仮設住宅の集会室でのお茶っこサロンに行きました。ここでのお茶っこは震災後の早い時期から始められたそうですが、今日初めて来ましたと言う方もおられ、楽しそうに話に入っておられました。月に2回のお茶っこを楽しみにされている方もあり、続けることの大事さを感じました。(ここは市街地から少し外れた所で、日中にも関わらず仮設住宅の横で鹿の親子がくつろいでいました。)

23日夜 前川智克さんの講話 

 前川さんは地域リージョナルコーディネーター協議会(釜援隊)の隊員で、震災後の地域つくりに取り組んでおられ、鵜住居の追悼施設の管理もされています。清掃活動をしている時に被災体験の語り部もされているということをお聞きし、急きょ講話をお願いしました。
 地震の当日、前川さんは、消防団の団員として住民の避難誘導をされていましたが、ご自身も津波に流されてしまいました。家族の方がそれを目撃されていて、震災後に遺体安置所を回って探されたそうです。前川さんは九死に一生を得たものの大けがを負い、それでも傷口をガムテープで止めて遺体の収容に当たり、家族と再会したのは1か月後。
 そのとき部屋には遺影が飾られ、花が供えてあったそうです。
 テレビでもインターネットでも報じられなかった津波のすさまじさをお聞きし、改めて津波の恐ろしさと、災害に対しての心構えと準備の大切さを学びました。

鵜住居『記憶の街ワークショップ』の見学

24日 ボランティア活動の予定を終えた17時から、前川さんから教えて頂いた鵜住居記憶の街ワークショップの見学に行きました。これは神戸大学の建築関係の研究室が東北各地で行ってきた「失われた街、模型復元プロジェクト」の一つで、500分の1のスケールのジオラマを作成し、住民一人ひとりから聞き取りをして、震災前にあった建物の位置や形や持主などを確かめ、思い出のプレートをそこに加えていくというもので、それを作成されている作業場を見学させてもらいました。 


市長さんもこられており、一緒に写真に納まりました           

25日 釜石から花巻、郡山を経由して新潟・富山を通って10:40頃 無事学校に到着しました。

多くの人との出会いと、支えに感謝します。

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