校長講話 抄録 : 2016 / 12 / 12 (月)

​  マタイの福音書7章に次のようなイエスの言葉があります。「人を裁かないようにしなさい。自分が裁かれないためである。あなたがたが裁く、その裁きで自分も裁かれる。あなた方がはかるそのはかりで自分にもはかりあたえられるであろう」

 これは私たちにとってなかなか耳に痛い言葉です。人間というのは概して人には厳しく、自分には甘いものです。人のこと、特に人の欠点はよく見えても、自分のことになると分かっていないということが多いのです。なぜ自分に甘く、人に厳しいかというと、何か失敗しても自分に対しては同情的で、大目にみるのに対し、他人のしたことにはそういった事情をくんであげようとしないからです。キリストは、同じようなことをやっている人間に、他の人を裁く資格があるのか、まず自分自身をよく知りなさい、と言われたのです。人を変えようとするよりも、まず自分自身を変えることが先決のようです。私が変わると、相手も変わるのです。人を批判するときは、大抵の場合、自分にも同じような欠点や落ち度があることが多いのです。

 私たちは、自分が裁かれ、非難されていると感じたとたん、たとえ自分が間違っていても、それを認めたくないという傾向があります。裁きは人を過ちから助け出すどころか、ますますその過ちの中に人を追い込んでしまうのです。人間は相手から理解され、ゆるされ、受け入れられていると感じるとき、自発的に自分の過ちを認め、それを改めたいという気持ちになることができるのです。私たちもまず自分を見つめ、自分の至らないところを認め、人に寛大に接することができるようにしたいものです。

 ミンダナオ子ども図書館を訪れた日本の一人の若者の言葉ですが、「ミンダナオ子ども図書館に来て、いちばん最初に感じたことは、子供の明るさだった。ここの子どもたちは、初対面の自分たちにもフレンドリーで、とても話しやすかった。個人的には、今の日本に足りていないものが、ここミンダナオにはあると感じた。現在の日本の若者は勝ち負けにこだわり、思いやりや支えあいがないように思える。日本には生活の豊かさはあっても、心は貧しいのではないかと感じた。」と続いています。

 さて、待降節3本目のローソクに火がともりました。祈りながら、クリスマス係活動を続けていきましょう。

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