入学式が行われました。 : 2020 / 4 / 9 (木)

 4月9日(木)に新入生47名を迎えて入学式が行われました。桜はピークが過ぎてしまったものの,なんとか持ちこたえてくれました。

 

 

 新型コロナウイルス拡大防止の観点から,ご来賓の方々は最小限とさせていただき,在校生は3年生のみといつもよりは小さい規模の入学式となりましたが,時折,ウグイスの鳴き声が響き渡り,自然豊かな暁星の春らしい雰囲気を味わうことができました。

 

 

2020年度 入学式 式辞(京都暁星高等学校長 玉手 健裕)

 世界中に拡がる新型コロナウィルスによって、混乱と不安の中にいる人々のために祈りたいと思います。私たちも毎日落ち着かない、色々と神経を使わなければならない日々が続いていますが、そんな中縮小した形ではありますが、入学式が挙行できますこと、本当に感謝です。そして、高いところからではありますが、御礼申し上げます。ご来賓として谷口神父様、PTA会長の稲岡様が出席くださり、感謝申し上げます。本当にありがとうございます。

 さて、新入生の皆さん、御入学おめでとうございます。本校は、キリスト教の愛の精神を基盤にしたカトリック・ミッションスクールです。明治・大正・昭和・平成・令和と時は移り変わり、今年113年目を迎えました。この学校は、明治40年にフランス人の宣教師ルイ・ルラーブ神父によって、宮津市内にあるカトリック宮津教会の敷地内に誕生しました。そしてルラーブ神父は、56年間一度も祖国フランスに帰られることなく、この丹後の地を愛し、全生涯を女子教育に注がれました。その精神はその後、聖母訪問会のシスター方・数多くの先生方・またレデンプトール会の神父様方の支えと援助の中で、受け継がれてきました。そして今、ここ獅子崎の地で、男女共学、京都暁星の18年目を迎えているのです。この地での教育も、平成・令和のこの時代丹後の地に人間教育を掲げ、大事な事を伝えていきなさいと創立者からエールを頂いていると感じています。さまざまな価値観がある中で、皆さんは暁星を選びました。これからの3年間の学校生活を通して、この学校の校風の中で学び、暁星精神を体で感じてください。

 皆さんは、マルティン・ルーサー・キング牧師の名前を聞いたことがありますか?彼が1968年4月4日39才の若さで暗殺される前の年に作ったスピーチの中にI have a dream.(私には夢がある)という一節があります。彼はどんな夢をみたのでしょうか?黒人差別を非暴力で闘った彼の原動力は、実は彼に夢があったからです。人間が肌の色や学歴によってではなく、人格の深さによって評価されることを夢見て、その夢に向かって真剣に生きました。夢を持つこと、望みと夢はその人を成長させるのです。その夢を持てるように、暁星が、「気づきの場」になることを願っています。すでにあるもの、あることの気づき、生き方の気づき、知ることを通して愛することの気づき、交わりの豊かさの気づきなど、そんなことを体験して欲しいと思います。暁星に入学されたことは、そういう意味でチャンスです。先ほど朗読された聖書の箇所は、皆さんの中学校の卒業式にメッセージとして送らせていただきました。求めなさい。そうすれば与えられる。探しなさい。そうすれば見つかる。たたきなさい。そうすれば開かれる。

 大切なこと、それは求めること。知りたい、わかりたいと望むこと。そのためにはまず一歩ふみだすことです。山に登るとき、山の上に立てば、見晴らしがよくて、美しい景色を見ることができるだろうと想像できますが、その希望をかなえるには、まず一歩そしてまた一歩と歩くことです。狭い道であったり、石ころがいっぱいあったり、急な坂であったり、およそ思っていた景色は見えないかもしれませんが、あるところまで行くと、視界が広がり、美しい景色が広がっていくのです。360度のパノラマのような景色は何度か見たことがありますが、本当にすばらしかったことを思い出します。

 4月9日という日は繰り返されていますが、2020年4月9日はもう二度とありません。今日だけです。その日との出会い、その人との出会い、その出来事との出会いなど、一日一日、新しい心で出会って生きたいと思います。自然豊かなこの地で、自然からまた人との交わりの中で、たくさんの体験をして下さい。この学校でのチャンスを、この学校でのさまざまな学びや体験へのチャレンジを通して、みんながチェンジしていくことを希望します。

 最後になりましたが、保護者の皆様に一言ご挨拶申し上げます。お子様のご入学おめでとうございます。式辞の中ですでにお話しさせていただきましたが、本校は各教科の授業を通して知識を伝えていくことはもちろんですが、生徒たちの心を育てることを大事にしています。生きていく上で、人間として大切なこと、物事を判断し選びとる力と勇気をすべての教育活動を通して、伝え続けたいと考えています。そのために保護者の皆様の御理解とご協力がなければ育てることはできません。親・子供・教師が共に育つことを目指したいと願っています。なにとぞよろしくお願いいたします。

 これをもちまして、式辞といたします。 

2020年度京都暁星高等学校入学式祝辞(レデンプトール会 谷口秀夫神父)

 新入生の皆さん,京都暁星高等学校ご入学,おめでとうございます。私は,皆さんがこの京都暁星高校に入学されたことを「ホントによかった」と思っています。「ご入学おめでとう」は決してうわべの挨拶ではありません。心から「よかったですね」という気持ちで述べています。

 というのは,暁星高校では,先生方が親身になって関わり,穏やかに一人ひとりを見守ってくださり,それが生徒の間の関わりにも影響を与え,暁星全体として,他校とはひと味違う雰囲気を醸し出しているからです。そんな雰囲気の中で皆さんはたくさんの思い出を作り,生きる上で大事なことを学び,基礎学力も身につけていかれるのでしょう。だから「よかったな」と心から思うのです。卒業のときには,「一人ひとりと向かい合う学びの場」という暁星高校の一枚看板が,「あれはほんとうだったんだ」と分かると思います。

 さて私は,今年二月に巣立った卒業生に,こんなことを言いました。「卒業式は学びの終わりではありません。いよいよ学びの本番の始まりです」と。この入学式でも同じ意味の言葉を語ります。でも,ちょっと目先を変えてこう言います。「これからがこれまでを決める」です。いい言葉でしょう。「これからがこれまでを決める」。何度も繰り返して味わってみてください。逆ではありません。「これまでがこれからを決める」のではありません。もしそうなら,希望はありません。なぜなら過ぎ去ってしまったことは取り返すことが出来ないからです。しかし,「これからがこれまでを決める」は希望の言葉です。

 「これからがこれまでを決める」・・・その意味はこうです。皆さんは,これまでに辛かったこと,悲しかったこと,悔しかったことを何度も経験したと思います。しかし,これから始まる暁星生活の中で,これまでただ辛かった,ただ悲しかった,ただ悔しかっただけのことにも,実は深い意味があって,そのことがなかったら,今の自分はなかった。生きていてよかった」と知ること。つまり,≪これから≫の学びが,≪これまで≫の歩みの意味を悟らせる。それが「これからがこれまでを決める」の意味です。では,どのようにしてそれを知ることができるか。≪学ぶ≫ことによってです。そして,学べば学ぶほど,これからの歩みに希望が沸いてきます。今,私が言っていることは,少し難しいかもしれませんが,すぐに理解できるようになります。

 実はこの言葉,教会の門の掲示板に貼りだしてあった言葉ではありません,残念ですが…。散歩をしていて,あるお寺の前を通り過ぎようとしたとき,その門前に貼り出してあった言葉なのです。とても印象的でいい言葉だったので,その言葉について考えたことを,今,皆さんと分かち合いました。

最後に,先ほど私は,卒業式でもこの入学式でも同じことを言います,と言いました。なぜか。「終わり」はいつも「始まり」と繋がっているからです。卒業式は入学式に,旅の終わりは新しい旅の始まりに,人生の終わりは何かのかたちで誕生と接続しているからです。≪これまで≫は≪これから≫と繋がっているのです。だから,人間には,いつだって希望があります。これからの三年間は,皆さんにとってかけがえのない三年間となるでしょう。一歩一歩,大事に歩んでいきましょう。「暁星での三年間がなかったら,今の自分はなかった」・・・将来,皆さんが社会人となってそう思って下さることを願って,お祝いの言葉と致します。

 おめでとうございます。

 

※前日に3年生の手伝い生が心を込めて新入生の教室の黒板にお祝いの気持ちを表しました。

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